時間も、ひとつの豊かさ
※今の感覚に、そっと触れるためのページです。
豊かさというと、
まず「お金」を思い浮かべる人は多いかもしれません。
けれど、
時間もまた、豊かさのひとつです。
1日の時間は、
すべての人に平等に与えられていて、
誰の許可もいらず、
自分で使い道を決めることができます。
何に使うかも、自由です。
それぞれの使い方
ゲームをする。
何も考えず、ただ没頭する。
どうやったらお金を稼げるだろう、と
あれこれ考え、
アイディアを書き留める。
力を抜いて、
ぼんやりしたり、
リラックスしたりする。
同じ「時間」でも、
使い方によって、
生み出すものは違ってきます。
一日の多くを占める時間について
例えばですが、
一日の多くを費やす「仕事」の時間
日々の生活に追われて、
やりたくないと感じる仕事をする時もあります。
それを、
ただ「消耗」として片づけてしまうのも、
少し違う気がします。
誰かがその役割を担ってくれているから、
社会は回っていて、
自分の生活も支えられている。
その場所にいるからこそ、
見えているものや、
引き受けているものもあります。
そう考えるだけで、
同じ時間でも、
少し違う手触りになることがあります。
すぐに動けなくてもいい。
環境を変えられなくてもいい。
その時間を、どう見ている?
ただ、
「これは無駄な時間だ」
「意味のない時間だ」
と、自分の中で決めつけてしまわないこと。
苦しくなるのは、
それをしてはいけないと思いながら、
続けてしまうときです。
時間は、
正しく使わなければいけないものではありません。
その時間が
成果につながることもあれば、
何も残らないように感じることもあります。
有効活用しなくてもいい。
意味を持たせなくてもいい。
ただ、
何に使っているかに気づくと、
あとから手にしているものが
少しずつ変わっていくことがあります。
視点を変えるというのは、
無理に前向きになることではありません。
今いる場所を否定せずに、
そこで何が支えられているのかを
一度、見てみること。
そうして見えてくるものもまた、
別のかたちの豊かさなのかもしれません。
時間という豊かさを、
今日はどんなふうに使っているでしょうか?

「豊かさ」という言葉そのものに、
いちど立ち止まってみたいときは、
豊かさという言葉に、立ち止まってみる というページもあります。


