ものの見え方について

同じ出来事を見ていても、
それをどう感じるか、どう受け取るかは人それぞれです。

それまでに通ってきた道、
経験したこと、心に残っている感情。
そうしたものが、知らないうちに
「ものを見るレンズ」になっていることがあります。

たとえば、
車のガソリンメーターを見て
「まだ半分ある」と感じる人もいれば、
「もう半分しかない」と感じる人もいる。

どちらが正しい、という話ではなく、
どんなレンズで見ているかの違いなのかもしれません。

今、
世界はどんなふうに見えているでしょうか。

過去にうまくいかなかったことや、
傷ついた経験が多いとき。

世界は少しだけ、
警戒しながら見るものになることがあります。

人との距離が難しく感じたり、
自分を低く評価してしまったり。
それも、無理のない反応です。

それは、
ものの見え方が、無意識のうちに
少し偏ることもある、ということでもあります。

視点が変わるとき

これは、だまし絵として知られている図です。

少しの間、眺めてみてください。

左の図は、壺に見える人もいれば、
向かい合う二人の顔に見える人もいます。

右の図は、若い女性に見える人もいれば、
老婦人に見える人もいます。

どちらも、間違いではありません。
ただ、見ている場所が違うだけです。

だまし絵のように、
視点を少し変えるだけで、
見えてくるものが変わることがあります。

壺に見えていたものが、
向かい合う二人の顔になるように。

今見えている世界がすべてではない、
そんな余白が、
心を少し緩めてくれることもあります。

おわりに。

物の見方は、
人と人との間にある距離感にも、
そっと影響していることがあります。

同じ出来事でも、
違う受け取り方がある。

同じ景色を見ていたとしても、
焦点が違っていることもある。

そのことに気づくだけで、
少し呼吸がしやすくなることもあります。

物の見方は、
無理に変えようとしなくてもよいと思います。
誰かのためでも、
何かを良くするためでもなく、

ただ、
自分が楽でいられるほうへ。