「自分磨き」は何か足すことではない

「自分磨き」って、
どうしたらいいんだろう。

「もっと頑張らなきゃ」
「まだ何か足りない気がする」

そんな思いから、
自分磨きを考えたことはありますか?

この場所に置いている言葉は、
自分を高めるための方法を
お伝えするためのものではありません。

ここで言っている自分磨きは、
何かを足していく話ではなく、
「自分を磨かなきゃ」と
思い続けていた前提を
そっとほどいていく話です。

自分磨き=何かを足すこと、ではない

私たちは成長するにつれて、
たくさんの考えや役割を身につけていきます。

失敗しないように
迷惑をかけないように
期待に応えられるように

それらは、生きていくために
自然と身についたものです。

ただ、ときどき、
それらが重なりすぎて、
自分の感覚が見えにくくなることがあります。

自分磨きとは、
何かを身につけることではなく、
重なってきたものを
少しずつ外していくことなのかもしれません。

それは、
何か新しい考えを足したり、
別の自分になろうとすることではありません。

気づかないうちに
引き受けてきた役割や、
こうあるべきだと思ってきた前提を、
その都度、そっと脇に置いていくこと。

そうしているうちに、
無理をしない自分の感覚に、
静かに戻っていくことだと思うのです。

玉ねぎの皮をむくように

心にまとったものは、
一度に外れるわけではありません。

玉ねぎの皮を一枚ずつむくように、
そのとき触れられるところから
外していく。

無理に変わろうとしなくていい。
前向きにならなくてもいい。

「ほんとうはどうしたいの?」

今の自分の感覚に、
少し立ち止まるだけで十分です。

それを繰り返すうちに、
ふと、
自分の輪郭が
前よりも静かに感じられることがあります。

それが、
ここで言っている「磨く」ということなのかもしれません。

自分の感覚に戻るための、いくつかの入り口

ここからは、
自分磨きを「頑張ること」から
少し離れるための、
小さな視点を置いてみます。

・今、どんな気分かを
 うまく言葉にならなくてもいいので、
 心の中で確かめてみる

・理由はわからなくても、
 気になる記憶や場面に
 少しだけ意識を向けてみる

・深く息を吸って、
 ゆっくり吐く
 それを何度か繰り返してみる

どれも、
「整える」ための方法ではありません。
自分の感覚にふと触れるための、
小さな入口のようなものです。

経験は、“そのまま”内側に残っている

自分を磨こうとするときに、
過去の経験を
良いものか悪いものかで
捉え直す必要はありません。

遠回りしたこと
うまくいかなかったこと
心に引っかかった出来事

それらも、
消すものでも、
整え直すものでもなく、

ただ、
そのときに、
そんな経験があった。

その経験をとおってきたから、
今になって
何かを感じられるように
なっているのかもしれません

まとめとして

自分磨きのゴールは、
何かになることではありません。

「自分を磨かなきゃ」と
思い続けていた状態から、
少し離れていくこと。

気づけば、
自分に戻っている。

それくらいで、
十分なのかもしれません。